濱田雅子の服飾講座「服飾からみた生活文化」       シリーズ4

日時:2014 年 10 月 11 日(日)  10:30~12:00

場所:ガレリアかめおか    3階第 4会議室 

〒621-0806 京都府亀岡市余部町宝久保1−1   

Tel 0771-29-2700

 

タイトル:服飾を通して見たアメリカ人意識の形成 ―アメリカ独立革命期を舞台として―

 

1 独立革命と衣文化―アメリカらしさの萌芽

 北アメリカ植民地の社会は、150年にわたってヨーロッパから継承してきた諸制度や生活慣習を変容させ、新しい社会の基礎を作り出した。衣文化についてもヨーロッパの文化がそのまま移入された初期の状態から、植民地北アメリカの気候・風土に適応しながら、また北部・中部・南部というそれぞれの地域の異なる社会・経済構造に見合った形で変容した。

 北アメリカ東部のイギリス植民地は7年戦争後の課税問題をめぐって本国と対立し、1773年のボストン茶会事件を契機に対立は一層深まり、レキシントン・コンコードの戦いで独立戦争の火ぶたが切って落とされた。この戦争は1789年のアメリカ合衆国憲法にもとづく政府の成立によって終結をみる。そして独立前後から、政治・経済面の動向とあいまって、衣生活の面でもアメリカらしさの萌芽が見え始める。本講演では、この独立革命期にどのようにしてアメリカらしい服飾が誕生してきたのかを見てみようと思う。

 

 簡素化する衣服  ヨーロッパでは17世紀末期から18世紀中葉まで、ロココの文化様式が英仏を中心に栄えていた。ロココ様式は18世紀のアメリカの上流階級の服飾にもとり入れられ、細胴と拡大されたスカートを特徴とする装飾華美な衣装がもてはやされたのである。これはメトロポリタン美術館などに収蔵されている衣服の遺品からも明らかであろう。しかし、フランス革命やアメリカ独立革命のような歴史的事件の前後から、すでにファッション観における変化は進んでいた。ヨーロッパ、とくに18世紀後半のイギリスでは資本主義の発達と自由思想の普及に伴い、服飾の様式も簡素化し、宮廷人さえも旧貴族の誇大な服装を追い求めることなく、派手やかさを捨て、落ちついた形式の服装を好むようになった。アメリカの場合も、このヨーロッパの傾向と同じく、ファッションは簡素化の方向へと変化した。こうした変化はトーマス・ジェファーソンをはじめ、多くの人々によって鼓舞された啓蒙思想や自然主義思想の影響も少なからずあると思われる。

 では具体的に服飾はどのように簡素化されたのであろうか。スミソニアン協会の資料によると、初代合衆国大統領ジョージ・ワシントンは、1789年の就任式に際し、地味な茶色の服地のスーツを着用していた。それは上流人らしい実直な装いで、エレガントではあるが、贅沢さや派手さを抑えたものだった。そして、このワシントンの装いには、「スーツは合衆国で生産された素材で作られるべきである」という彼の主張がこめられていたというのである。ワシントンのこうした姿勢は、その後のアメリカ服飾史を見ていく上でまことに示唆に富む。

 一方、同じ時期の女性の衣装については、1750年から1790年にかけて、ゆったり襞づけされた幅広い布地に見られる大胆な色や柄から、体にぴったりするように裁断された布地でパステル・カラーと繊細な柄へと変化した。このことはブルックリン博物館や、ニューヨーク・ファッション工科大学などに収蔵されている18世紀末から19世紀にかけての女性衣装の遺品でも同様のことが見出せる。

 

2 上流人のファッション観―服飾のマナー―

 1776年7月4日、アメリカの植民地(13州)は大英帝国から独立を宣言した。スミソニアン協会の国立アメリカ史博物館では、1985年11月より独立200年を記念して「独立の後:アメリカの日常生活1780~1800」と題する企画展が行われた。1987年夏、筆者は同館を訪れ、直接この展示を観る機会を得た。同館発行の小冊子によると、「この展示は独立直後20年間の普通のアメリカ人の日常生活にみられた多様性と葛藤とを検証するものである」という。

 展示会場には「コスチューム・スタディー・ギャラリー」という服飾専門のコーナーが設けられ、1775年頃の晩餐会で着用されたと思われる何種類かの上流階級の男女の衣装が展示されていた。ここでは、このスミソニアン協会の収蔵品と研究資料に依拠しながら、上述の男女の衣装について、その特色をみてみたいと思う。

 

3 ショートガウン-庶民の衣文化-

庶民服の研究動向  アメリカ史上の庶民服に関する研究は、アメリカの研究機関や研究者によって、近年、徐々に進められているが、その代表的な研究機関の一つとして注目されているのが、前項でもとり上げたスミソニアン協会であろう。同協会では庶民服史の研究が1971年から開始され、その研究成果が精力的に発表されている。

 注目すべき研究は、スミソニアン協会学芸員のクラウディア・キドウェル(Claudia Kidwell)の論文であり、庶民服研究の進展の背景が詳述されている。その内容のあらましは次のようである。

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 現存する肖像画と衣服は、かつて植民者たちがどのような衣服を着ていたのかについて、明確な証拠をわれわれに示してくれる。だが肖像画に関していえば、それを委託できるだけの余裕のあるアメリカ人像のみを表わしており、しかもそのモデルのほとんどが盛装をしていることに注意しなければならない。これは実生活において実際に着用されていたものが何であったのかについて調べるのには役に立たない。現存する衣服の事例についても同じことがいえる。すなわち、その多くが富裕な人々の衣服を代表するものであることは否定できない。その結果として、アメリカ人の大多数が着用していた簡素な衣服よりも、立派な衣服の方が今日のわれわれにはよく知られていることになる。また、衣服を一種の装飾美としてしか捉えていない博物館が、エレガントな衣服のみに焦点をおいて展示を繰り返すことが、それに拍車をかけている。これは歴史の研究を趣旨としている博物館としては相応しくない行為であろう。

 このようなわけで、1970年頃までは、18、19世紀の質素な衣服に対して、正当な評価がなく、そのために、庶民服飾に関する資料収集、丁寧な保存、目を引く展示や出版などの活動が積極的に行われなかったのであろう。それにもかかわらず、初期のアメリカにおいて何が着用されていたのかを知りたいという声が高まると、これを機会にスミソニアン協会は遅まきながら1971年、正式に18、19世紀のアメリカ庶民の衣服に関する研究を開始したのである。

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 以上のような研究状況の中で庶民服史の研究に先鞭をつけたキドウェルは、18、19世紀アメリカにおける庶民服の典型的な事例として「ショートガウン」を取り上げ、スミソニアン協会の協力のもと、33種のガウンをアメリカ全土から収集し、そのうちの28種について、詳細にわたる実証的研究を進め、その成果を論文「ショートガウン」(1978)に著した。

 本講座ではキドウェルの論文に掲載されたパターンを用いて、武庫川女子大学の濱田のゼミの学生たちが再生したショートガウンを紹介し、庶民服の特徴を見てみたいと思う。 

 

                       (文責 濱田雅子)